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2015年4月

2015年4月23日 (木)

今週の野菜

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4月23日

筍(たけのこ)、蕗(ふき)、葉たまねぎ、チンゲン菜、大根、ネギ、ショウガ、卵、川野

chick特注できる野菜・・・たけのこ、ふき、卵、葉たまねぎ、ショウガ、味噌、うどん、梅酢、米、米粉、マヨネーズ

chick今が旬の筍や蕗の特注できますsign01
 特注は、生産グループへFAX,e-mail, または、食べる会事務所に。
 お待ちしていますdelicious


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2015年4月 4日 (土)

大震災から4年。これから進むべき方向は!  ~ 野菜たちが教えてくれる事 ~

東日本大震災から4年経ちましたが、今もなおその時の事を思い出す。

当時、息子は北茨城にいた。そこは福島原発の100㎞くらい南。そして更にすぐ南には、あの「東海村」がある。運よく津波の心配は無かったが、福島第一原発の被害状況が気になっていた。そして数日後に、忘れもしないあの原発建屋の水素爆発!急遽、息子を迎えにいく事になった。

しかし、ガソリンも無ければ貯蔵缶も売り切れ。我が家にある金属の貯蔵缶は2つ。しかしそれを満タンにしても帰りの分が足りない。もっと早く行動をおこさなかった自分を責めた。しかし何とかせねばならない。近くのガソリンスタンドを何軒もまわって頼み込み、レギュラーガソリンこそ無かったが、なんとかハイオクガソリンを手に入れた。金属の貯蔵缶2つを満タンにし、入りきれない分をしかたなくポリタンクに詰めて(※本当は違反!)、車の後ろに詰め込み出発。茨城県に入ったあたりで、道路の段差がひどくなり、車が揺れてポリタンクからガソリンが漏れ、車の中が臭くなったのでしかたなく窓を全開にして走行。この時に引火していたらと考えると今も怖くなる。多分その時は、冷静さを欠いていたと思う。その後もナビを頼りに走行したが、道が封鎖されていてなかなか目的地に近づけない。そして出発して10時間くらいたって、やっとアパートに到着。無事に息子を連れ帰った。

本当に悲惨な震災であったし、今もなお仮設住宅等で暮らしている方や、ボロボロになった我が家を自力で修理して、なんとか生活している人もいる。復興の方向性もはっきりしないままもう4年。ドイツのメルケル首相は日本の原発事故を受けて脱原発を宣言した。一方、日本各地では原発再稼働に向けた動きも出てきている。

また、今年の1月17日で阪神淡路大震災から20年だとニュースで聞かされ驚いた。感覚的にはまだ10年くらい前かなと感じていたからである。

その震災のあった朝、まだ寝ぼけたままの私がテレビをつけると、映画のワンシーンのような、焼けただれ、あちこちから火や煙が立ち登っている都会の風景がテレビに映し出されていた。そしてそれが現実のものだと知ったのは数分後であった。

アメリカの同時多発テロも確かに衝撃的ではあったが、阪神淡路大震災の時の衝撃はそれ以上だった。そして一番衝撃だったのが火災の事。つぶされた家屋の下敷きになった家族を助けようと瓦礫を片付けていると、火の手がまわってきて目の前で助けを求めている家族が瓦礫ごと火に飲み込まれる。今も想像しただけで身震いがする。

そして、その時に生まれた子供達が今年成人式を迎えた。テレビでその子供達がその時の悲惨さを後世に伝えようと様々な活動をしている様子が紹介されていた。もちろん被災地では追悼式が行われ、皆が涙を流していたが、被災者のひとりが「今日だけは思い切り泣いてもいいんです。でも明日からはまた涙を見せずに頑張ります」と答えているのを見て胸が熱くなった。

一人一人は弱い。でもたくさんの人々が支え合った時の力は想像をはるかに超える。震災は確かにつらい事だが、それを乗り越えて人はまた強くなる。

毎日、野菜の世話をしていて思う。野菜たちは芽を出す方向、そして根を張る方向がわかっている。では人間たちはどうなのか。こんなに悲惨な経験をして、これから進もうとしている方向は正しいのであろうか。原発再稼働に巨額な国費をつぎ込むなら、ソーラー発電や送電売電インフラの整備などに血税を使うべきだと思う。

また野菜たちは、自ら根づいた場所で精一杯頑張って生きている。狭い日本。人間たちはどこへ逃げようというのか。この日本で、被災者もそうでない人も、皆が知恵を出し合って幸せに暮らせる社会にできればと思う。技術は日々進歩している。これからも原子力に頼らなくては生活していけないのかを、いま一度立ち止まって冷静に議論して欲しいと思う。

生産者番号 56番 八代弘樹



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ヒヨコ用のベッドを作ったよ!  ~ヒヨコの受け入れ準備に四苦八苦~

いよいよ今年もヒヨコがやってきた。どの農家でも、昨年末に空にした鶏舎の中を掃除して、ヒヨコ達の受け入れ準備をする。もちろんまだ寒い日もあるので、ヒヨコ達が寒がらないようヒーター付の箱の準備はもちろんの事、その周りにフカフカのベッドも準備。ベッド作りは、もみ殻を使う人もいるが、我が家ではワラを細かく切って20~30㎝の厚みで敷き詰める。また、ヒーターは昔からの棒状のものを使う人もいれば、白熱電球を使用する人も。ちなみに我が家は白熱電球を使用。この時ばかりは、日本人がノーベル賞をとったLED電球ではだめ。それは熱を発生しないからである。また白熱電球は、ワット数の違うものに交換するだけで、温度調整が簡単にできるという利点もある。真冬は100ワットの電球を使用するが、もう3月なのでヒヨコが来てしばらくは60ワットの電球を使用し、気温が上昇し、また鶏達も丈夫になってきたら40ワット、そして片方の電球を消すなど、だんだんと寒さに慣れさせていく。また1つのケースに2つの電球を使用しているので、万が一、片方の電球が切れても、ヒヨコが凍死する事は無い。

また、ベッド用にワラを切るといっても、鶏舎全体を敷き詰めるのは大変。我が家では、約軽トラの荷台4杯分のワラを使用。それを動力付きのカッターで切りながら鶏舎入口のドアから中に吹き飛ばす。この時かなりほこりが出るので風向きがとても大事で風向きが悪いと、自分がワラまみれになります。今年はギリギリのタイミングでベッド作りが完了。作業が終わった後、うれしくて思わず切りワラの上へダイビング!その写真とカッターの写真を添付しました。

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また、私が準備をしている時にお隣さんから「今年はイタチにやられなければいいね」と言われ、一年前の悪夢がよみがえってきた。思い起こせば、昨年はヒヨコが来てすぐに「イタチ」の被害に合い、60羽くらいが命を落とした。今年は大丈夫なのかと急に心配になり、鶏舎の周囲チェックしたところ、穴がある事がわかった。それからが大変。いかにもイタチの入りそうな場所から修復を始めたのは良いが、こう見えて実は心配性の私。次から次へと心配な部分が見つかり、修復には半日もかかってしまいました。その後、ヒヨコを入れる木のケースを組み立てはじめ、作業が終わったのはヒヨコが来る前日の夜中でした(冷汗)。

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翌日、ヒヨコが三芳に到着する時間近くなると、生産者のほぼ全員が出荷場前の広場に集まり、まるでお祭り騒ぎ!

「ピヨピヨ」と元気なヒヨコ達を受け取りホッとしました。しかし「イタチ」との本当の戦いはこれからです。今年こそは、皆元気に成長して欲しいと思います。

でも人間と違って、ヒヨコ達はすぐに自分の足で歩きまわって、エサをついばんだり、水を飲んだり。本当にたくましいな~って思います。そして本当にかわいいです。その様子については、次回以降にお届けします。

私の写真ではなくて、早くヒヨコの写真が見たいっていう声が聞こえてきそうですね(笑)


生産者番号 56番 八代弘樹


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データ農業も大変です。

今やスポーツもデータの時代!データ野球、データテニスはもちろんの事、バレーボール等の団体競技等でも各選手の調子等を即座に集計し対策を打つようである。

有機農業も同様に相手チームに対する対策が重要。しかし相手チームとは誰なのか?それは天候や害虫。しかもここ最近、相手チームはどんどん強くなっている。しかしそれ以上に大切なのは己を知る事。己というのは自分の畑や種の事である。畑については日当たり状況、土壌(粘土、砂地)、そして水はけ状態でしょうか。

私はグループに入ってから数年間、どこの畑に何を植えたかを事細かく記録していた。もちろん1列毎に番号を振って。特に結果が良くなかった場合は、その原因と思われる事まで。そしてそれを続けた結果、かなり自分の畑の状況がわかってきた。もちろん、それまでは主に母が管理していた種の品種も聞きながら、どの品種が有機農業に、そしてその畑に向いているのかを調べた。また有機肥料は何年もかけて完熟していれば早めに効くが、そうでないと効きが悪い。野菜の生育不良に気付いてからではもう間に合わないケースも多い。

最近、有機農業に興味を持つ若者が増えてきているがなかなか定着しないのは、このように有機農業は簡単ではないからである。そして、他人から田畑を借りても、そこで何が出来るかの見極めを間違えると、野菜が育たず大変な事になる。その上人から土地を借りる場合、良い土地とは限らないからである。

生産者は皆、良い条件の畑とあまり良くない畑を持っている。良い畑ではたいがい何を作っても良くできる。そういう畑には、その家の主力野菜を植えるのはもちろんだが、そうでない畑をどう生かすかがポイントであり、またそこが農家の腕の見せ所!そういう畑で出荷出来るものを育ててこそプロ。しかし、他の家の一等地で作った一級品野菜と出荷のタイミングがぶつかってしまっては不利。できれば他の仲間よりちょっと早く出荷できればベストである。やはりそのシーズンで初めて食べる、いわば初物野菜はおいしく感じますよね。その効果を狙うわけです。これはノウハウでなく、悪知恵…?(冷汗)

各農家はそれぞれ与えられた環境で頑張っています。栽培のノウハウも他の家の畑では通用しなかったりする場合もあるので、本当に信じられるのは自分だけ。それでも我が家は、他の人より畑の条件がいいので、失敗して全滅というケースは少ないのですが、メンバーの中には本当に苦労している人もいます。

先日、生産者番号1番の和田さんの見事なキャベツが出荷されました。皆が「和田さんのキャベツはすごいな~」って思ったはず。多分、超一等地でたくさんの愛情を注いで育てられたのでしょう。しかし、もし出荷したのが私だったら「あやしいな~。変な肥料でも使ったんじゃないの~」なんて皮肉を言われたかもしれませんね(笑)。

早く和田さんのように皆に信頼される生産者になりたいです。私もメールマガジンでふざけた事ばかり書いているといけないので、これからはもっと知的な部分を全面に出していこうと思います…なんちゃって(笑)。

我が家の畑の平面図を添付しましたので、ご覧ください。これで全体の2割くらいです。

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生産者番号 56番 八代弘樹



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三芳の鶏について ~ 鶏たちの幸せって? ~

私は「おいしい卵は幸せな顔をした鶏が産む」と思っています。

では、幸せな顔というのはどんな顔でしょう。実際、どの鶏の顔も同じに見えるし、またおとぎ話に出てくる「聞き耳ずきん」でもないと鶏の言葉もわかりませんね(笑)。しかし、この文章を読んで、私達生産者の気持ちを少しでもご理解いただけたらと思います。

三芳の鶏は、いわば昔の農家の庭先で放し飼いになっているような感じです。鶏舎の中にはいますが、エサを持って鶏舎に入ると、エサ欲しさに飛びかかってくる鶏、また穀物の好きな鶏、野菜が好きな鶏、そして鶏舎の隅の土をひたすら掘って宝探しをしているような鶏もいます。ですから鶏を解体すると、砂肝(エサを砕く部位)の中は色や様子も様々。また三芳では「温めると元気なヒヨコになる卵」が良い卵だと考えています。三芳の鶏たちはそれぞれ好きな事を楽しみながら、自分の体調を維持しています。また他の養鶏農家と違って卵をたくさん産むようなエサや薬も使用していませんので、自分の好きな時に卵を産んでいるように感じます。

一方、一般の養鶏農家は卵だけで勝負していますから、年間を通じて黄身の色が濃く栄養価の高い卵をたくさん産むように、色々なエサを取り寄せて食べさせています。しかし、そうやって育てた鶏の卵は、はたして健康なヒヨコになるのでしょうか。私は必ずしもそうではないと思います。私たちは野菜ももちろんの事、卵を食べる事も「命をいただく」と考えます。そして鶏たちも、より自然に近い環境で育てた方が良いと思っています。

そもそも三芳で鶏を飼うようになったきっかけは、ワラ、もみがら、落ち葉、カヤなどの植物性の堆肥だけでは地力不足で、なかなか良い野菜を作るのが難しいとの判断で、安全な鶏糞を手に入れたいという思いからであったと認識しています。ですから、三芳の鶏たちの協力による安全な鶏糞のお蔭で今の三芳の野菜があると言っても過言ではないと思います。

また、三芳から送られた鶏肉を見てもわからないと思いますが、鶏の解体作業時には、鶏のお腹には驚くほどたくさんの脂肪がついています。しかし鶏肉にする時に、脂肪はそぎ取る事になっていますので、届いた鶏を見るとやせ細って栄養失調気味に見えるかもしれませんね。

まあ確かに夏場は他の季節に比べ、栄養も充分ではないかもしれませんが、ちゃんと夏野菜のクズも食べています。三芳の鶏は季節によって色々な有機野菜を食べます。人間と同じように四季を感じながら、人間と同じように雄雌同居。人間だって何一つ不住する事なく大切に育てられた人が幸せだと限らないと同様に、鶏もたちもある程度メリハリのある生活でよいのではないでしょうか。ただ人間社会と違うのは弱肉強食だという事です。弱った鶏は他の鶏に容赦なく攻撃されます。かわいそうではありますが、その部分はかばいきれません。上を見ればきりがありませんが、総合的に見てもある程度満足してくれていると感じています。

他の養鶏農家では輸入のエサに頼っているところも多い中、三芳ではなるべく他に頼る事なく、現状の養鶏が可能な仕組みになっています。野菜と同様に周囲の変化に左右されず、現状の生産を維持できるようなスタイルを守っています。地味に見えるかもしれませんが、そういう姿勢だからこそ、ずっと食べる会の方に支持していただけているのだと思います。

また、アレルギーで困っている人の多い現在、三芳の卵は大丈夫だという声もいただいています。他にもっと栄養価の高い卵はあるかもしれませんが、本来「自然卵」の持っている生命力にこだわった、三芳ならではの鶏の飼い方の価値もあると信じて、これからも続けていきたいと考えます。

3月4日に、ヒヨコ達が来ます。見たい方は是非三芳に来てください。

生産者番号 56番 八代弘樹


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ひき逃げ事件で大騒ぎ!  我が家の猫ちゃんとカエル君その後

先日、朝起きて畑の見回りのために家の周りを歩いていた時の事。我が家の前の道路に血痕を発見!しかしその原因らしきものは見つかりません。その時私の頭をよぎったのは…我が家の猫のミーちゃんの事。過去の歴代の猫ちゃんも車とぶつかった事があったからです。そして猫ちゃんの捜索開始となりました。まずは聞き取り調査。しかし有力な手がかりは得られず、鶏小屋の中、ビニールハウス、蔵の中などあちこち探しました。「動物の死体はカラスが持ち去ったのかな?」など色々とネガティブ(後ろ向き)な発想をしていたら、どこからか「ニャ~ン」という声。とりあえず猫ちゃんは無事でホッとしました。

そして、仕事で数時間が経過した時、田んぼでカラスが2羽、羽をバタつかせているではありませんか。恐る恐る近づいていくと、大きなタヌキが血を流しながら、うずくまっていました。ここまでなんとか怪我をした足を引きずりながら歩いてきたのでしょう。もう虫の息でどうしようもありません。カラスもエサにありつくために必死です。しかしかわいそうで、息をひきとるまでの間はなんとかカラスを追い払い、私が一輪車に載せて山の中まで運びました。私は直接タヌキきに触れたのは初めてでした。弱肉強食の自然界。皆、生きるために必死なんだと感じた事件でした。

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また一方、のんきな我が家の猫ちゃんですが、やはり寒さはこたえるようで、寒い夜などは、私に対し「ストーブに火をつけろ」とばかりに、ビニールハウスにあるダルマストーブの所まで誘導していきます。「手招き」とはいきませんが、「首まねき」とでもいいましょうか、私の顔を見て、首を進みたい方向に振るのです。そして自分はストーブの脇にある定位置(座布団付き)に座り、私をじっと見つめてきます。しかたなく私がストーブにマキを入れて火をつけると、もう私に用はないとその場所で丸くなり熟睡。今回はその時の写真を添付させていただきました。

ちなみに、母にも同じ事をしているようで、母も「猫にまで使われなきゃならないのか」とブツブツこぼしている時があります。その時の言葉の「まで」の意味はきっと「息子(私)に使われ、猫にまで」という意味です(苦笑)。でも、今も猫ちゃんはネズミを捕まえてくれます。猫ちゃんも含め家族全員がお互いに使い、使われている感じなんでしょうね。

また、以前に紹介したホースの中のカエル君ですが、寒さのためでしょうか、体が真っ黒になってしまい、しかもここ一週間くらいは見かけなくなってしまいました。もしかしたら彼女が見つかって、広い新居を探しに行ったのかもしれませんね。春になってまた元気な姿を見せてくれる事を祈っている今日このごろです。

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生産者番号 56番 八代弘樹


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