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2016年4月

2016年4月25日 (月)

緒方さわ子さん(熊本県水俣市)の状況

熊本地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

●緒方さわ子さん(熊本県水俣市)の状況

共同購入で甘夏みかんをいただいている緒方さん(水俣市在住)は、熊本地震の被害からは免れているとのことです。
2回目の地震はとても大きく、怖かったそうです。
海沿いなので津波の心配もされたそうですが、それもなかったので、現在のところ、基本的なインフラ(水道、電気、ガス等)にも問題はないとのことです。

                                共同購入委員長 森總子

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2016年4月13日 (水)

今週の野菜

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4月7日

葉玉ねぎ、タケノコ、菜の花、春キャベツ、三つ葉、大根、しょうが、甘夏みかん、卵

chick特注できる野菜・・・葉玉ねぎ、大根、菜の花、川野、玄米、白米、味噌、鶏肉

happy01特注は、生産グループへファックスかメール、食べる会事務所にファックス、電話、などでお待ちしています


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2016年4月 2日 (土)

野菜の勝ち組とは   ~ 老兵(冬キャベツ)は消え去るのみ…!? ~

年明けにJA(農協)で大豆の選別機を借りて、大豆の大きさと形の良し悪し別に3段階に分けてきました。そして今年の6月くらいに新たに大豆の種をまくのですが、それには大豆が多すぎて余ってしまいそうなので出荷する事にしました。JAの選別機は単純な機械なので色の選別機能はありません。ですから3段階に分けたうちのAランクの大豆の中から手作業で色の悪いものを除く必要があります。そうすると、約3割の豆がはじかれてしまいます。はじかれるのは紫のアザのような箇所があるものがほとんどなのですが、多分原因は私の大豆の収穫が遅れた影響でサヤが開き、豆が日焼けしてしまったのではないかと思います。もちろん食べるのには何も支障は無いのですが、何といっても青白い体にあるアザは目立ちます。かわいそうですが、単なる見栄えの差で落選。また、そういうB級の豆だけを集めておくと何とも寂しそうに見えます。きっと豆側からしたら「私達はこれからどうなるのかしら。煮られて鶏のエサ…(悲)」と心配している事でしょう。しかし私は今年、その青いアザのある豆を種として畑にまいてみようと思っています。私は常日頃、色々な野菜を見ていますが、なぜかそういうB級品の野菜の方が何か強いエネルギーを感じます。大根も人参も変形したものは人間たちの勝手な都合にとらわれず、何か強い意志を持っているように感じます。ですから、今回のB級大豆にも「お前たちはB級じゃない。お前達は種になるんだから、お前達こそ勝ち組みなんだよ。」とつぶやきながら作業しました。

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私はよく「B級品」という言葉を使います。私達の作業ミスなどで食べる会の会員の方にご迷惑をかけてしまったり、お世話になったりした時などに、お詫びやお礼の意味を込めて、「B級品野菜ですけどよかったらどうぞ…」というお手紙を付けて我が家のB級品野菜を送る時があります。それはもちろんB級品ではありますが、その時にあまり出荷されていない野菜がほとんど。そういう時はB級品野菜でも大変役にたちます。受け取った側もめずらしいからか「B級には見えませんよ。出荷したらいいのに…」というお返事をいただく場合があります。そういう時、やはり自然に「たくさん送られてきた野菜には厳しく、めずらしい野菜には甘くなるのかな」と感じます。しかし、めずらしいという事は逆に考えると旬の時期を若干外れかけているとも言えます。今は大根も冬だけでなく、春先から初夏にも出荷され冬大根のように青首(上半分の表面が青い)品種が開発されましたが、以前配送先などで三芳的には納得した出来の野菜でも「この野菜は旬じゃないんじゃないの」と言われた事があります。しかし最近は、どちらかと言えば「美味しければ旬だと感じる」というような感覚になってきた感じがします。気候の変動の影響や、品種改良などでかつてはできなかった時期に露地でおいしい品種を作れるようになったというものもあります。春キャベツなどもそうで、今までは8月に冬キャベツの種をまき、3か月後くらいに春キャベツの種をまいていました。そして春キャベツの苗はビニールハウス内で越冬しその後畑へ植えていました。しかし、最近は寒さに強い春キャベツの品種が出来た関係で三芳の生産者も皆が早めに種をまくようになり冬キャベツとあまり変わらない時期にまでなったと思います。そして昨年の異常な暖冬…。温度が高いと成長が著しく早い春キャベツは冬キャベツの出荷時期と完全に重なり、今年などは畑で次々と破裂してしまっています。「ロールキャベツにするなら冬キャベツだね」とか「少々固くても、ジュースにするなど、調理法を工夫すれば…」というありがたい声もありますが、食べる会の方のご意見をまとめてみても、春キャベツの方が断然人気があるようです。これから三芳側でもキャベツの議論になると思いますが、多分食べる会の方に少しでも喜んでもらえるよう、やわらかく風味の良い春キャベツが優先権を得る事になり、昔からの冬キャベツを作る人は確実に減るはず。しかし、一つ忘れてはいけないのは、いくら品種改良されても冬キャベツほど寒さに強くなっている保証は無いという事。したがって、昨年末と反対に大寒波が来た時は三芳からキャベツがほとんど来ないという事態になるかもしれません。「ミニトマトより大きいトマトが欲しい」という会員の方からの言葉に大玉トマトの比率を増やしてきた結果、昨年は長雨で大玉トマトが全滅。三芳は大打撃を受けました。ですから他の仲間からは「冬キャベツの作付け禁止」など、極論も飛び出すかもしれませんが、私としては「春キャベツ優先」というくらいにとどめたいと考えています。

平成6年にPL(製造物責任)法が制定され、そのあたりから様々な物について消費者を守る、そして消費者主導の社会になってきたような気がします。今回のキャベツの件は大玉トマトほどギャンブル性が高くないとはいえ、三芳側も食べる会の方の貴重なご意見も伺いつつ、自分達の農業の本質を失わずに取り組んでいかなければならないと思います。しっかりと説明をすれば食べる会の会員の方も、そうした考えをきっと理解してくれるはず。時には食味などで皆さんが満足されない品が届く事もあるかもしれませんが、届けられるものはすべて「安全」です。その点についてはどうかご理解いただきたいと思います。これからも「安全」「安定供給」そして「おいしさ」を目指し努力してまいります。今後も貴重なご意見をお願いします。

生産者番号 56番 八代弘樹

 


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東日本大震災から5年  ~ 消防団、消防署員から見た震災 ~

早いもので東日本大震災から5年が経った。先日、ニュースで被災地の復興状況が約50%だと報告されていたが、本当に被災地の人々が望む方向に復興が進んでいるのだろうか。震災前、美しかった浜には高い防潮堤(というか、これはもう防潮壁)の建設が進んでいる。「海の街」が「壁の街」へと変貌しようとしている。

先日テレビで「消防隊だけが撮った0311」というドキュメント番組が放送されていた。そして当時の悲惨な状況が、助ける側からの目線でまとめられていた。私ももう引退はしたが14年間地元の消防団で活動していた。そういう背景もあり、今回たまたま被災地で様々な辛い経験をされた消防団の皆さん、そして消火や救助のプロである消防署の皆さんの様々な活動を目の当たりにし「もしも自分がその場にいたら…」という気持ちでその番組を拝見させていただきました。以前にも書かせていただいたように、私自身は福島県の被災地の中心部には行っておらず、そんな私が書くのはおかしいかもしれませんが、毎年3月11日のこの日に私自身が無事でいられる事に感謝し、また復興に関し何もできていない自分への戒めの意味も込め「伝え、そして忘れない事」で微力ながら被災地の皆様方の気持ちを感じる事が出来ればと思いペンを執りたいと思います。

5年前に被災地で地震が発生し津波警報が出た時、最初に消防団員が行なった仕事は何だったと思いますか?それは防潮堤の水門を閉める事でした。当時、この作業に向かった多くの消防団員がそのまま波にさらわれ帰らぬ人となりました。また消防車で高台に向かいながら、必死にスピーカーで高台へ避難するよう促しながら消防車を走らせている最中に災害にあわれた団員もいたそうです。その結果から、消防団長も「まずは自分の命を守るという事を徹底さるべきであった」と嘆かれていました。

また、漁船用燃料の入った大きな貯蔵タンクから漏れた燃料に火がつき、津波火災となり火の手がどんどん山の斜面に近づいてきました。しかし、停電で水道が出なかったため市街地の消火栓は使えず、山の上のため池などから人の手だけでホースを数キロ伸ばし、山の斜面に建つ民家ギリギリのところで火を食い止めた話。また、たまたま生き残った山麓の地区の消防団が市街地に下った際、瓦礫の中の数えきれない遺体の山を目にし、恐怖で震えがとまらなかった事。それでも遺体や遺留品の捜索にあけくれる毎日。しかも捜索がひと段落してやっと家に戻ると、奥さんが子供を守るように息絶えていました。もちろんお子さんも帰らぬ人となっていました。それでもまた数日後に捜索に出なくてはならない。知り合いを亡くした人はその人の笑顔を忘れてしまったそうです。しかし捜索で見つかった故人の笑顔の写真を見てようやく思い出す事ができました。

身元不明の遺体がどんどん増えていきます。家族を捜索中の人も、最初は「生存」を…しばらく経つと「遺体でもいから」…そして最後には「遺留品だけでも」と再会を祈る形も変わってきます。

電気も止まり、雪もちらつく寒い日。ましてや波をかぶってしまった方は助かってもこごえるほど寒かったはず。病院のような頑丈な建屋も低い階は津波にやられ、運よく逃げられた方も最上階付近にいたそうですが、寒さをしのぐ事ができずカーテンを引きちぎり、弱っている患者さんから体に巻きつけていたそうです。しかも一番辛かった事は、外部からの連絡が一切なく孤立した状態だった事。自分たちはいつここから助け出されるのかさえわからない心細さというのは言葉に言い表せなかったと言っていました。しかしその場所へ最初に到着したのも、危険をかえりみずに瓦礫で道を作り捜索に来た消防団員でした。その瞬間、医師や患者は「私達は決して一人ぼっちじゃない」という気持ちになり、互いに抱きしめ合ったそうです。

ここまで色々と消防団員の行動を紹介してきましたが、そのほとんど全ての判断や行動は小さな消防団や消防団員に委ねられていました。それは消防本部、そして消防署も壊滅的被害を受けており、指示系統がほとんど機能していなかったためです。しかし「人を救えるのは人だけ」というひとりひとりの熱い想いが行動を起こし、限られた時間の中で信じられない成果を生みだしました。

また、更に困難を極めたのが福島原発の原子炉の冷却のための放水活動でした。東京消防庁の精鋭たちが集められ現地へ派遣。放射能の線量計を腰に付け、海から原子炉までのホースの通り道を探ります。もちろんその間、線量計は鳴りっぱなし。計器類は車外では30分しか作業できない値を示しており、本当に時間との闘いだったそうです。しかしその時「本当に上から水をかけて意味があるのか」という批判的な報道もあり、実は私も「焼石に水では…」と思っていました。現場を知りもしない人間がそんな事を言う権利があるのか…今改めて反省しました。

被災地では現在も毎日150トンの汚染水が増え続けています。また高濃度の放射能焼却灰の入った黒い袋の山が仮設焼却施設に置き去りにされ、いつ稼働するかもわからない中間管理施設への移動を待っています。新たに避難指示が解除された地区もありますが、元の場所へ戻らないと決めている人が半数以上。毎晩、津波に流される夢を見てうなされている方々。はたして復興作業が進んでもひとつの居住地域として生活が成り立つのでしょうか。しかし、そんな中でも被災地の方は前を向いて一歩ずつ進まなくてはならないのです。

原発も動かしたり止めてみたり。そんな事より、被災地のためにもう一度誰かが復興の舵取りをしてあげる必要があると思います。単なる傍観人の一人でしかない私ですが、これからも毎年3月11日午後2時46分には黙とうをし、命を落とした多くの犠牲者のご冥福と被災地の一日も早い復興を祈りたいと思います。「奇跡の一本松」の写真を添付します。

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生産者番号 56番 八代弘樹

 


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電気柵の盗難被害(冷汗)  ~ 機材を背負って山登り初体験 ~

以前にイノシシ用の電気柵を写真付きで紹介した事がありましたが、実はその中で一番高い機材を盗まれてしまいました。市からの補助で手に入れたもので、形式上はまだ借用扱いになっています。ソーラーパネル式で性能が良く、インターネットで調べたら一式で10万円近くする事もわかりました(冷汗)。近所の方たちと一緒に市へ申請し、まだ2年間しか使っていません。昨年の年末に我が家のすぐ前の畑に設置してあったものを、夜に盗まれてしまいました。また私もまぬけで、無くなったのにすぐに気づかず、いつから無くなったのかさえはっきりわかりませんでした。また鉄の杭を土に打ち込んで使うタイプで杭もかなり深く打ち込んであったし、家のすぐ前なのでまさか盗られないだろうと油断していました。しかし逆に道から丸見えなのでターゲットになってしまったのでしょう。ある日、近所でも同じ盗難事件があり、その知らせを聞いて見に行った時には既に後の祭りでした…トホホ。きっと窃盗団が巡業しているんでしょうね。もちろんお巡りさんには届けたし、市の方へも連絡し、仲間に迷惑がかからないようにしました。しかし今年はどうしよう…と悩んでいます。多分、仲間でもう一度機材を購入する事になると思いますが、私の責任が一番大きいし、私の田んぼが一番広いので私が一番負担しなくてはならないでしょうね。しかしそういう噂はすぐに広がるもの。一緒に申請したご近所の方から「一人で悩まずに、みんなで一緒に考えればいいよ。同じような高価な機器を買わなくてもいいかもしれないし…」との励ましもいただき、しばらくこの事で落ち込んでいた私も少し気が楽になりました。

話は変わりますが、1月末に夏みかんと甘夏みかん(川野)に肥料となるヌカを積んで運搬機で裏山に登ったところ、今年は豊作のようで昨年の2倍近く実をつけていました。しかし地面を見ると所々穴を掘った跡がありました。もちろん穴を掘った犯人はイノシシ君!もう少し山を登って竹やぶに行くと筍を掘った穴が…。それも地面深くにある、手の指くらいの小さなものを掘り起こしてあります。みかんの木の周りにヌカをまき終えた後、まだ酸っぱい甘夏みかんを食べながらこの局面をどう打開しようかと考えていましたが、やはりこのままではたまらんと私は運搬機で家に戻り、電機柵の道具(支柱、電線)そして鎌とのこぎりを持って再び山へ向かいました。

まず電線を張るルートを決めて草刈りを開始。鎌とのこぎりを腰に付け、邪魔な草や枝などを切りながら山の斜面を登りました。途中にイノシシがいつも使っている道を発見したので、その道を横切る形でルートを決定し、そのまま200mくらい進み、隣の家の裏山を抜け、更にその先の我が家の山の下り斜面へと進みました。途中、太い木が倒れていたり、竹が折れて垂れ下がっていたりと、想像していたより障害物があり苦労しました。その後、今度は電線の支柱の束を何本もかついでの登山、そして最後は電線のロールをかついで…と作業には半日かかりました。もうヘトヘトになりましたが、心が折れないよう頭の中に「山のように積まれたたくさんの筍を前に満面の笑みで電卓をはじいている私」をイメージし、そして所々に自生している「ニッキ」の葉をちぎっては香りをかぎながら頑張りました。そして最後の導通チェック。電線の片方に電気を流す機器を設置し、反対側の電線のそばに行き、通電チェッカーを当ててみました。そしてチェッカーの通電を意味する赤ランプが点灯!卓球の女子日本代表ではありませんが、思わず「ヨッシャー!」とガッツポーズ。しかし、今まで平地にしか電機柵を設置した事がなかったため、もう斜面は勘弁…と思いました。今回は通電チェッカーの写真を添付します。

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早いものでそれから1ヶ月半が経ちました。今年は暖冬でしたので、もしかしたら例年より早く筍が顔を出すかもしれません。また1月末に設置した電機柵も、その後は雑草などが伸びたりして電線に触れ、多分設置当初より威力は低下していると思います。ただイノシシは学習能力があるため、一度電気が来ている事を体験するとしばらくは寄ってこないはず。はたして私の苦労が報われ、「我が愛しの筍ちゃん」はまだ無事でいてくれるでしょうか。そして昨年のように、三芳の大先輩である筍奉行を抑えて、この私が筍長者になれるでしょうか。また3月中の筍はサイズが小さく、めずらしいので価格が少し高めに設定されています。とはいえ、そうだからという事でなく、食べる会の方に少しでも早く春を感じていただくため、20日過ぎくらいになったら、籠(かご)を背負って登山してみようと思います。皆さんご期待ください!

生産者番号 56番 八代弘樹

 


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今年も元気なギャングがやってきた  ~ 女子高はにぎやかってほんと? ~

 早いものでもう3月。今年も我が家に元気なちびっ子ギャングたちがやってきた。ちびっ子ギャングというのはもちろんヒヨコたちの事。受け取りの日、私が予定の9時に出荷場へ行ったところ、広場の真ん中には、ヒヨコを運んできた業者の人、そして三芳の受け入れ担当の人の二人だけがぽつんと残っていました。一瞬「私だけ?」と思ったが、他の人はもっと早くに来て、さっさと帰ったと聞いて安心した。そして車の後ろを開けて私の車の後部にヒヨコを積み替えた。まさしく私は「残り物」を引き取る事となった。しかし「残り物には…」という言葉もある。色々な年があるが、業者はだいたい多めにヒヨコを持ってくるため最後には少し余り気味になり、だいたいは得をする。しかし1回だけ足りなくなった年があり、その時は多めに注文した生産者が翌日に何匹か返した記憶がある。しかし今年は少し多くもらえたようでラッキーである。

ヒヨコを受け取り、暖房を入れた車内で元気に騒いでいるヒヨコたちの声を聞きながら私は家路についた。もちろん帰りの運転は超安全運転である。それは急ブレーキでもしようものなら、箱の中でヒヨコが死んでしまう可能性があるからである。ですからあえて大通り(そんな道あるのかって…失礼ですね)は避け、車の通りの少ない道を選んで無事に家に着いた。

昨年のヒヨコ受け入れ準備の様子については皆さんに報告した通り、前日の夜中近くまでかかった事はご存知だと思います。ですからその失敗を踏まえ今年は早めに準備していた…はずなのですが、1週間前くらいから体調を壊し2日間寝たきり。そしてその後も咳が止まらず、体を気遣いながらの作業。その結果、当日の朝にまで作業が残る始末。しかし何とかセキュリティーシステムに守られた(??)鶏小屋が完成した。ちなみに昨年はヒヨコが来る日を勘違いしていて、受け入れ準備をしていなかった生産者がいたようで、当日に電話で呼び出され、そしていきなりヒヨコを手渡されてさぞや大変だったと思います。その人の名誉のために名前は伏せますが、出荷場から家が一番遠い人です(笑)。

また例年通り、少し前にヒヨコのために機械でワラを切っていると、なぜか道路を通る車が減速している事に気が付きました。しかたなく様子を見に行ったところ…納得!その日は緩やかに鶏舎から道路に向かって風が吹いていて、ワラを切った時に出るほこりが風にのって、まるで鶏舎から煙が立ち登っているように見えていました。しかし車の運転手も普通の煙と違って臭くないので、火事の通報はされずに済みホッとしました。

家に帰り早速ヒーター(裸電球)のついたケースの中に入れてあげると、好奇心が旺盛なヒヨコから電球目指して歩いていきます。すると他のヒヨコたちもそれについていき、次々と移動します。写真の左側のオレンジ色のケースは飲水器です。また、右の白いヒヨコはおまけでついてくるオスのヒヨコです。まあ今年も無事にヒヨコたちを受け取る事ができてホッとしました。

以前にもお知らせしたかもしれませんが、三芳の鶏は2種類います。私が毎年購入している「バクコック」という種類、そして「ゴトウ」という種類です。私もあまり詳しくは知りませんが、ゴトウの方が若干おとなしくて、歳を重ねても卵のサイズがあまり変わらないというのが特徴だそうです。卵のサイズが安定するというのは販売側からするとうれしい事ですが、我が家は昔からなぜかバブコックを選択していますし、私にちょっかいを出してくるくらいちょっとヤンチャな方がかわいいような気がします。ちなみに見た目はほとんど変わりません。しかし年によってどちらかの種類の方が多く死ぬとか、卵の数がどうとかいう噂(間違ってはいないと思いますが)が流れ、その年によって種類を変える生産者もいます。他の養鶏農家に比べたら規模が小さいのでくらべものになりませんが、一応業者の方も気にしているようです。わざわざ三芳まで直接運んできてくれた業者の人のために、今年も精魂込めて育てたいと思います。

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ところで、今年は我が家のヒヨコ用の2つのケースの片方はメスだけになってしまいました。するとメスだけのケースのヒヨコはとても活発で、寒い朝もヒーターの無い運動場へどんどん出てきます。おしとやかな食べる会の女性の方とは全く違います(微笑)。また、私は男女共学の高校でしたが、話によると女子高の雰囲気というのは独特で、とてもにぎやかで活発だとの事。もちろんたった2日で異性への意識はあるわけがありませんが、ちょっと女子高に近い状況になっているのかとも思いました。

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ヒヨコたちは、ゆで卵を殻ごとすりつぶしたエサ、そしてクズ米を食べて元気に頑張っています。このメールマガジンがいつ皆様の元へ届くのかはわかりませんが、その時までヒヨコたちが皆元気に成長を続けていてくれるといいですね。

追記:女子高の事を誰から聞いたかって?野暮な事を聞くのはよしましょう…。ただ、女装して忍び込んでいたわけではありませんのでご安心を!

生産者番号 56番 八代弘樹

 


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メーンキャスター古館伊知郎の苦悩  ~ 人気ライブ「トーキングブルース」の封印とその意味 ~

昨年末に、平日の夜の人気報道番組「報道ステーション」のメーンキャスターである古館伊知郎の突然の降板と新たなキャストが発表された。彼は私達の世代にとってはプロレスの名物司会者としての印象が強く、次々と口から出るマシンガントークとボキャブラリーの多さ、そしてその表現力では他の人の追従を許さないような格の違いさえ感じさせる存在であった。そして久米宏の突然の休養宣言の後「報道ステーション」のメーンキャスターを受ける事になり12年。我が家でもよくその番組を見ている。私も最初はすごく違和感があったが最近やっと見慣れてきたので、この降板がちょっと残念に思えた。しかし世間は「降板に賛成」との意見が多いようにも聞いている。ただ、本人の降板会見で「本当に不自由な12年間だった」とのコメントを耳にし、これだけの才能を持った人でも本当に辛かったのだと改めて感じました。

彼にとっても、あわただしい実況中継の現場から報道のメーンキャスターへの転身というのはあまりにも畑違いな感じだったに違いない。また、前任者の久米宏があまりにもはまり役で、それと比較されてはしかたありません。きっと本人もしゃべりには自信があったものの、想像を絶する苦労があったはずである。しかしそこはまじめな性格により何とか続けてこられたのだろう。

1年前くらい前だろうか。彼がずっと続けてきた人気の一人芝居の舞台「トーキングブルース」を10年ぶりに復活するとの事でテレビに出演していた。様々なテーマに対し、まじめに、そして鋭い切り口で、また時々笑いもとりながらの約2時間のステージである。そして一番チケットをとることが難しいライブのひとつといっても過言ではない。ちなみに最近はそういうチケットを「プラチナチケット」というようである。

10年間ステージを封印してきたのは、彼が受け持った報道番組に対する熱い想いに他ならない。ステージに立ち、気持ちのスイッチが入ると、メーンキャスターの時とはかけはなれた状態で次々と言葉を発し、時々テレビでは報道できないような過激な発言も出る。しかしどれもが正論であるので不思議だ!だってファンはそういう古館節を聞きにくるのだから…。しかしそれが原因で番組に傷をつけてしまう可能性がある。彼はファンに説明し10年間ライブを封印してきた。私はプロレスの事も好きではなかったし、ましてや彼の事も好きではなかったが、今回の色々な報道で彼の真摯な姿勢を目にし好印象を持った。

しかし番組を受け持った12年前から、毎回番組にケチをつけてくる人がいたらしい。しかし彼は毎回ケチをつけられる度にこう考えていたとの事。それは「その人は、毎回どうケチをつけようか真剣に番組を見てくれていたのかもしれない。逆に考えると実は私の一番のファンだったかもしれない。」…と。

言葉は怖い。言葉は凶器にもなりえるし、人を救う事もできる。また文章はもちろんだが、電話など声になると、そのトーンにより更に相手に与える印象は変わってくる。週3回の出荷日は出荷場の事務所で、食べる会会員の方の要望等に応えるべく皆が手分けして作業を行っている。私も留守電、ファックス、そしてメールの内容を確認し、優先順位を決めて対応している。また、こちらのミス等により相手に不愉快な思いをさせてしまった場合などはなるべく電話で謝罪し、相手の立場にたちその後の対応方法などを相談するよう心がけている。しかしそんな時に電話が通じなかったりすると、受話器を置いてから「チックショウ~」などと捨て台詞をはくと、周りの人から「悪魔の八代だ~」などとからかわれる。しかしこういう時、仲間からの励まし(??)がとてもありがたく感じる時もある。また電話がかかってきた際、一番多く電話口に出るのは多分私だが、忙しい時には皆が代わって受話器をとってくれる。私からみると、皆それぞれ電話口では精一杯明るく振る舞ってくれているように見える。しかし電話の苦手な人などは、なかなか事務の部屋によりつきたくないようである。出荷場の光景を一度でも見てもらえれば、確かにドタバタしながらではあるが、皆が頑張って野菜の準備をしているかがわかってもらえると思いますが、これからもなるべくミスを無くし食べる会に信用される組織でいたいと思います。

辛い経験を乗り越えた時、人は大きく成長するらしい。彼(古館)がこれからどういう道を進むのか。そしてどう活躍するのかを見届けたいと思う。

私も毎週メールマガジンを発行している。色々な事があり「1回くらい休んでもいいかな…」って思った時もありましたが、それでも2年以上続けてこられたのは、周囲の人に支えられて幸せだった証拠なのかもしれませんね。少々おふざけ的な内容の時もありますが、色々な人が読む事を頭に入れ、表現には本当に気を付けています。また確かに色々な事の結果はもちろん大切ですが、その過程の方が重要な場合もあります。努力しても報われない事もありますが、そういう事も含めこれからもお伝えしていければと思います。

そうこうしているうちに早いもので2月も終わりそうです。先日の三芳の総会で新しい役員、そして各係が決まりました。普通の選挙というのは当選した人が笑うのですが、三芳の場合は…(苦笑)。どうなったかは、次回発行される三芳だよりの裏面をご覧ください。ではまた!

生産者番号 56番 八代弘樹


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鶏たちの最近の様子 ~ ピーちゃんその後 ~

最近の春の暖かさで、鶏も元気になってきて卵も増えてきました。これから5月いっぱいくらいまでは卵の調整が続くと思いますので卵がお好きな方は特注してみてはいかがですか。

現在、我が家の鶏は2群(2鶏舎分)いて、若い鶏は小さ目で殻の硬い卵を、そして先輩の鶏たちは、殻は少し薄いですが大きい卵を産んでくれています。普段は私が鶏たちのお世話をする事が多いのですが、鶏たちを見ていくつか気付く事があります。まずは雌(メス)鶏の鶏冠(とさか)です。もちろん若鶏と先輩鶏を比べれば先輩鶏の方が若干大きいのですが、同じ鶏舎の鶏同士を比べてみてもかなり違います。ご存知の通り雄鶏は立派な鶏冠を持っていて、やはり鶏冠が大きい方が立派でケンカも強いような気がします。ですらなんとなく鶏冠の大きな雌鶏は性格も男っぽいのかな…など、くだらない事も考えながら卵を集めています。我が家では朝と昼過ぎの2回、鶏たちのお世話をします。若い鶏たちの鶏舎に入ると、鶏たちも元気で、私に色々とちょっかいを出してきます。靴のひもをミミズだと思って引っ張ったり、卵を入れたバケツの中を覗きこみバケツひっくり返しそうになる鶏もいます。そして先日私の肩に飛び乗ってきた元気のいい鶏もいました。卵の量が増えてくると私も機嫌が良くなり、卵を産んで産卵場所から出てくる鶏に「お疲れ様!」の意味を込めて羽根の付け根をマッサージしてやったところ、気持ちがいいのかその鶏は逃げずにジッとしていました。そしてしばらく同じ事を続けていたところ、いつの間にか私の周りに寄ってくる雌鶏が増えてきている事に気付きました。これぞ「口コミ」効果なのでしょうか。鶏の世界でも人間社会と同じように女性同士のうわさ話はすぐに広がるようです(笑)。

我が家の産卵場所は木枠の中にダンボールを設置し、前面に布たらして中をうす暗くしています。中をうす暗くする理由は二つあり、一つは気分を落ちつかせて産卵してもらうためです。もう一つは他の卵などにちょっかいを出しづらくするためです。以前にも書きましたが、時々イボのような突起がある卵や、ゆがんだものなどがあり、明るいとそういう部分を鶏たちがいたずらします。そうすると産卵場の卵が割れて、他の卵も黄身でベトベトに汚れてしまいます。また、卵だけでなく周りのダンボールも突っついて穴をあけてしまいます。まあ、いたずらするくらい元気が良い鶏の方が卵もたくさん産んでくれるので、少しくらいは私も目をつむります。しかし最初はなかなかその場所へ産んでくれず、足元に多く産む時期があり苦労しました。もちろん鶏たちは鳥目で暗い場所は良く見えません。ですから産卵場が暗すぎて気味が悪いのではないかと思い、しばらくの間、前の布をめくりあげて中を明るくしてみました。するとその効果が出たのか少しずつその場所で産んでくれる鶏が増えてきました。鶏たちは親から色々な事を学ぶわけではありません。我が家ではほとんど他の鶏の様子のわからない鶏舎もあるのですが、鶏たちは成長するにつれ、先輩の鶏たちと同じような行動をとるようになります。その理由を考えすぎると眠れなくなってしまいますが、遺伝子によるものなのか…本当に不思議です。しかし鶏たちは鶏舎によって性格は少し違います。ただ我が家の場合は2年前にイタチ被害に遭っていますので、先輩の鶏たちはやはり元気がないようで卵の数も少なめです。

ところで生産者によって産卵の数は全く違います。鶏の健康状態は鶏舎が建てられている場所の影響を大きく受けるようですが、やはり湿っぽい場所は鶏たちも苦手。鶏の解体作業で私は鶏たちの内臓を取り出して健康状態をチェックする係なのですが、鶏たちの外見も変わらないのにお腹の中にたくさんの卵(の卵)が入っている鶏ばかりの生産者もいれば、ほとんど卵が入っていない生産者もいます。毎年の事ですがこの差には驚きます。何か秘訣があるのか聞きだしたいところですがおとなしい性格(?)のためなかなか聞き出せないでいます。ただ、イノシシや野犬などが鶏小屋の周りをうろついたりして、鶏たちが怯えるような事があるとストレス等で良くないとう話はあります。我が家のイタチ被害に遭った鶏たちも心に傷をかかえているのかもしれませんね。

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実はもうすぐ新しいヒヨコたちがやってきます。今年も1軒あたり150羽までとなりました。これからまた、急いで新たな鶏舎の整備をしなければなりません。切りわらを敷き、飼育箱を作ってヒーターを取り付けます。今年、ヒヨコたちは無事に大きくなるでしょうか。そういえば、数人の会員の方の数人から「ピーちゃんは元気ですか?」と聞かれました。実は昨年末に他の鶏たちと別の鶏舎(今年ヒヨコを入れる予定の場所)に移したところ、1匹さみしく鳴いているのを野良猫が見つけ網の弱いところを破り、ある日に野良猫の餌食となってしまいました(悲)。今日は鳴き声がしないな…と思い鶏舎に入ったところ、食事中の野良猫と遭遇。数回ほうきで猫をやさしくなででやり(笑)、その後、猫は見逃してあげました。ヒヨコが来てから野良猫に入られたら大変!ピーちゃんは身を犠牲にして網が弱っている事を私に教えてくれました。ヒヨコが来たらこの事を無駄にしないようにしたいと思います。最後に私が撮った、哀愁漂うピーちゃんの写真を添付し、心から冥福を祈りたいと思います。

生産者番号 56番 八代弘樹


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