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2016年5月

2016年5月28日 (土)

世界一貧しい大統領(前ウルグアイ大統領のムヒカ氏)の来日にあたり

ムヒカ氏とは、皆さん御存知のように国連で行われた「持続可能な開発社会」の会議で伝説的スピーチを行い、全世界にその存在感を示した人物である。そしてまた最近、来日もされましたね。大統領といえば言わずと知れたその国のトップ。自分の一言で国を動かし、ちょっと欲を出せば多少の富を築く事くらいできそうなもの。しかしそんな立場であるにもかかわらず、欲は無く庶民と同じ暮らしをしている。そしてそんな人を大統領に据える国があったなんて私には信じられなかった。

初めてムヒカ氏の演説を耳にした時、私は時々テレビで取り上げられる世界の秘境に住む民族の人たちの顔を思い出した。その民族は私達の生活と比べ、考えられないほど不便な生活をしている。しかしムヒカ氏の何とも言えない優しい笑顔も魅力だが、その秘境の民族もなんという幸せそうな顔をしているのだろうといつも思う。ムヒカ氏の「人生はゼンマイ仕掛けの時計のよう。人生の時間は買えない。人生の貴重な時間をなんのために使い、そして幸せを感じる事ができるかが大切」という言葉を思い出した。同一民族で独自の文化を守りながら生きているその秘境の人々。もちろん医療面でも草木を煎じて漢方薬のように使用する程度で平均寿命も短い。そして信仰心を大切にし、何か問題が発生すると神に祈りを捧げるくらい。しかしそれでもなぜか楽しそうである。以前にテレビでそういう民族の家族を文明社会へ連れてきて現代の便利な生活を体験させるという特番を目にした事があるが、今考えるとそんな事を教える事には全く意味がないのではないかと思う。むしろ逆にその民族にとってはマイナス要因以外のなにものでもないという気持ちになる。世界各国の「幸福度ランキング」で53位の日本。もちろんムヒカ氏が大統領を務めたウルグアイよりはるかに下である。その結果を見ると、秘境の民族の方が日本国民より絶対幸せな気持ちで暮らしているに違いない。また、テレビ局の都合で勝手にひきずりまわされ、今現在もその民族が幸せに暮らしているのかが心配になってきた。しかしそういう番組がずっと続いているのも、私達日本国民が自分達の文化レベルを自慢したいという気持ちを持っているからだろう。人類はこの数世紀の間、様々な便利な道具を作り出し急激に発展してきた。しかしその反面、ムヒカ氏が言うように、限りある地球の資源を浪費し続け地球に借金をし、地球の寿命も縮めてきた事も確かだ。

世界で第3位の経済大国である日本。しかし国民の16%が今一番欲しいのは「お金」であるという調査結果が出ている。「人間は豊かさを知ると、それを失う事に対する恐怖心を抱くようになる。だから、お金を稼ぐ事以外に何か生きがいを見つけなければ人生を楽しむ事はできない」というムヒカ氏の言葉…本当にその通りだと思う。農家だって生活がある。しかし、私達三芳の生産者が一般の農家と違うのは「顔の見える関係、そして心の触れ合える関係」があるという事。ムヒカ氏も「政治家にとって一番大切な事は人から慕われる事」と言っている。では私達生産者はどうするべきなのか。以前に質の悪い野菜が出荷されそうになった時に三芳の内部で「この品物はその代金を支払って購入するだけの価値があるのか」という話になった事があったが「そういう対価という考え方をしていては野菜のレベルはその位置に留まってしまう。そうではなく「相手を感動させたり、笑顔にできるものを目指していかなければならない」と思う。しかし時には失敗もあるし、勘違い等もある。もしもその事で相手に迷惑をかけてしまったら許してくれるまで心からわびればいい。きっとわかってくれるはず。しかし「食べる会の方が心躍らせるような野菜!」私にも作れるだろうか(冷汗)。しかし生産現場の様子を伝え、野菜たちが生まれて(芽を出し)成長し、立派になるまでの成長の記録を考えながら食べていただくだけでも、野菜の味は変わってくると思います。

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人間、歳を重ねてくると何が一番大切なのかという価値観が変わってくる。若い頃は「自分を誰かに認めさせたい」という気持ち。そして家族や子供を持つと「家族にひもじい思いをさせたくない」という気持ちになる。ムヒカ氏にとっての家族とは何なのか。最愛の奥さんはもちろんだが、ウルグアイの国民、そして全世界の国民に対しても「みんなが幸せな世の中に!」という強い想いが伝わってきた。「貧困格差を無くしたい」自らも大統領の給料の9割を慈善事業に寄付し、資産も中古の古い外車1台のみ。国務で海外に出かける時も飛行機はエコノミークラス。ムヒカ氏は、確かにお金は無いかもしれない。しかし全国民との信頼関係、そして今では世界中からの大絶賛の声…。本当にこんなに幸せな人はいないと感じた。きっとムヒカ氏は既にお金では買えない本当に価値のあるものを手に入れていると思う。

また、ムヒカ氏の話を聞いて思い出した人がいる。それは私たちと同じ有機農業をされている星寛治さん。少し前に星さんの講演会の音声を手に入れる事が出来、ポータブル再生機で聞きながら農作業をしている。もう10回以上は聞いただろうか。星さんは私たち三芳村生産グループとほぼ同時期に山形県高畠町で有機農業を始め、しっかりとした農業哲学論を持ち「自然との共有」「食の安全」を目指し消費者との交流を大切にしながら地道に有機農業に取り組んでこられた。「贅沢はいらない。しかし手間暇をかけて作った農作物をそれ相応の評価をもらって、生計が成り立つ世の中であってほしい」とおっしゃっていました。また作家、詩人としての顔を持ち、全国各地での公演、そして星さんを主人公にしたドキュメンタリー映画「いのち耕す人々」も製作されている。もちろん今まで公私ともに色々とお世話になり、ご本人にもお会いした事もあるが、ゆったりと構えたその雰囲気もすばらしいし、またヘッドフォンから流れる声を聞いていると本当に癒されます。

三芳にもお手本となる先輩方はいますが、これからも色々な方との一期一会を大切にしていきたいと思います。まだまだこの世は捨てたものではない。ムヒカ氏が願うように、世界の人々が皆笑顔になれる社会が実現するようになればいいし、技術もそういう方向に進歩していって欲しいと思います。

生産者番号 56番 八代弘樹


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筍狩りのシーズンの駆け引き ~ 海老で鯛を釣る?? ~

もう皆さんのところには筍が3回くらい届いたと思いますが今年の筍はいかがですか。竹山はやはりイノシシがかなり暴れているようで、我が家も電機柵を仕掛けていない場所は、最初はあたり一面耕されてしまっていました。しかし次第に筍が浅根(地面から浅い根から出るもの)から深根になり、筍も大きくなるので、さすがのイノシシも2~3本食べるとお腹いっぱいになるのか、そのうちあちこちでイノシシの残した筍が増えてきます。我が家では3つの山の筍を掘るのですが、去年までは母と二人で行なっていました。毎年の事ですが、最初は私一人で筍狩りを開始し、収量が増えてくると母も自然と手伝ってくれるようになります。今年も最初は筍も少なかったので一人で行なっていましたが、だんだん量が増えて辛くなってきました。

そこで、昨年同様に収穫した筍を置いて母に気付かせる作戦に!三芳では筍は一箱4kgです。そして出荷日ごとに、最初は5箱分、8箱分、12箱分、20箱分と出荷量も増えていきます。いつもであれは、8箱分くらいになると母が「私も行こうか?」と言い出すのですが、今年はなぜか「ずいぶん採れたね」だけで、次の一言が出てきません(冷汗)。私は、いくら目の前に現金を積んでも相手が首を縦に振ってくれない宝石商になったような気分(苦笑)。筍を更に目立つ場所へ置いたり、収穫後に咳払いしたり、私も姑息な手をあれこれ試しますが母を釣る事が出来ず、しかたなく相談したところ「このところちょっと腰が痛くて…」との事。竹山にも様々ありますが、我が家の山は7割が急斜面です。私も2~3m下まで転がった事もあります。また私もまだ若いとはいえ、体調がすぐれない時もあります。そういう時に無理をすると怪我につながりますし、特に山で何かあったら大変。母もサイボーグでもスーパーウーマンでもありません。畑仕事で色々と疲れていると思います。私も仕事を多く抱えてしまうと、周囲が見えなくなってしまいがちですが、今後は今まで以上に家族の体調に気を遣ってあげられたらと思います。

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ちょっと話は変わりますが一ヶ月くらい前に縁農があり、我が家へ食べる会の方が3名来てくれました。稲の種まきの準備をした後、少し時間ができたので裏山に筍狩りにでかけました。もちろん我が家でもまだ初物を口にしていない時期。実はこんな事もあろうかと、私は前日に裏山へ行き筍を2本見つけておきました。それは、せっかく山に行っても1本も無いとガッカリさせてしまうからです。そしてまた筍の探し方を教えてあげようと思ったからです。しかしその思惑は見事にハズレました。それは食べる会の方の中に筍探し名人が1人潜んでいたからです。私が「この辺りにありますよ」と言うと、その方はすぐに予め私が探しておいた筍を2本とも見事に探し当ててしまいました。焦った私はその他にもないか探したのですが、結局その2本しか見つける事ができませんでした。本当は3人に1本ずつあげたかったのでちょっと残念でしたが、その2本はお土産としてお渡しました。しかしそれにしても素人ではなかなか見つける事のできない筍をパッと見つけるなんて…。その方は私の独断と偏見でMrs.筍娘に認定したいと思います。

結局、今年は私が一人で掘りました。そして今年の収量を集計してみたところ、出荷出来なかった分も含めると、なんと1トン超え!よく掘ったものです。急斜面からは背負い籠(かご)で麓まで降ろしますので、籠もボロボロです。しかし、底抜けにならないように紙を敷いたりして何とか耐えてくれています。

他の農家仕事もそうですが、二人で作業すると作業が倍進むので気分がいいのですが、山の中で一人さみしく作業していると時々むなしくなります。しかし、自生しているニッキの香りを堪能しながら竹の間から空を眺め、竹が気持ちよさそうに風になびいているのを見ると落着きます。

筍は様々で10秒で掘れるものもあるし、5分以上かかるものもあります。私の筍堀りの方法は、まず籠は背負わずスコップだけを持って筍を掘り、通り道にある程度まとめて置いておき、そして後で集めて回ります。それは筍を見つける度に重い籠を降ろすのが大変だからです。しかし筍を集めて、もうこれ以上籠に入らないという時に限って新たな筍を見つけてしまったりします。またそれが山の上の方だった時はしかたないので一度籠を降ろし、掘ったその筍は手にかかえて下山します。しかし手に筍などを持っていると、うまく枝などにつかまる事ができず、特に雨上がりなどは滑って転んで服が泥だらけになったりします。また重い籠を背負うので縄が肩に食い込んで内出血し、肌には縄の跡がクッキリ入ります。もう慣れましたが、最初お風呂に入った時に自分の姿を鏡で見て驚きました。まあしかし、この時期は他に出荷するものが無いので、来年もまた頑張ってしまうと思います。

来週のゴールデンウィークにまた3人の縁農を受ける事になりました。何をして盛り上がろうか今から楽しみです。

生産者番号 56番 八代弘樹


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九州地方を襲った大震災 ~ 自衛隊のあるべき姿とは ~

 毎日テレビやラジオ、また新聞でも伝えられている熊本や大分で発生している大地震。被災地の方々にとっては本当に夢にも思わなかった事であろうと思います。そして地震に関する専門家も今後の予測が立たず苦労している様子がこちらにも伝わってきます。確かに活断層は日本中に存在していますが、東日本大震災の後、次の大地震は南海トラフ近くだろうと言われていた矢先の出来事。しかも前震、本震の2回の大地震によって被災者も急増しました。

 私は首相からの「現地に自衛隊員を25000人派遣する」との言葉を聞いた時、いったい日本の自衛官は何人くらいいるのだろうかと思いました。そしてインターネットで調べたらなんと約24万人。これはこれでまた多い事にビックリ!しかしよくよく考えてみると、私達の住んでいるここ南房総市にも航空自衛隊峯岡山駐屯地がありレーダによる監視を主な業務とし活動している。また隣接する館山市にも海上自衛隊がある。

ちょっと話は変わるが、私は時々バドミントンで体を動かしている。そして練習や試合の時に時々自衛隊の人達も参加してくる。実は運動神経にはちょっと自信のある私。バドミントン歴は6年くらいだが、そこそこの腕前にはなった。しかしさすがに自衛隊の人には刃が立たず毎回やられっぱなしである。とはいえ普段はその人達をそんなに意識する事はなく「単なるスポーツ好きの若い兄ちゃん」くらいにしか思っていないが、今回のような被災地での活躍や、近隣諸国との緊迫したやり取りの映像などを見ると「日々どんな訓練をしているのか」そして「そういう緊迫した現場に派遣される時もあるのか」と考える。ですから自衛隊という言葉を聞くと、どうも他人事とは思えない。

本当は自衛隊が暇な世の中が望ましいのであろう。しかし最近は色々と大変だろうと思う。「防衛庁」から「防衛省」に格上げされ、政府をはじめ、お役人の考え一つで、ここ数年で命が危険にさらされるリスクが増えたのはまぎれもない事実。いったい自衛官はどう思っているのだろうか。バドミントンに参加される自衛官も様々で、確かに元気があってやる気満々の方がほとんどなのだが、逆に蚊も殺せないような優しそうな人も時々見かける。まあ、よくよく考えてみれば、自衛隊の中にも様々な組織があり、機械の整備や救護などの専門職の方などもいるだろうから、きっと適材適所でご活躍されている事と思う。しかし誰もが「生きるためのプロフェッショナル」である事は間違いない。「生きる」…それは人にとって一番大切な事でもあると思う。

実際、警察官や消防士は私達のような民間人と近い距離にいるが、自衛官となると普段はあまり関わる事が少ないのでちょっと遠く感じる人が多いと思う。しかし自衛隊員が行方不明者を懸命に探している姿をテレビで見ていて思う。自衛隊員がいるから、今回のような災害が起きても多くの国民がいつもと変わらない生活ができているのだと…。また日本のように平和な国にいると、普段は自衛隊のありがたみを感じられる機会が少ない。

最近は海外でも「テロ」などが増え、物騒な世の中になりつつある。しかし今回のような自然災害も昔に比べ増えてきたような気がする。日本もこれからどこでどういう災害が起きるのかはわからない。だから貴重な自衛隊の力を、他国やテロと戦うためなどに使っている場合では無い。それは、今まで人類が地球上でやりたい放題してきたツケに対する報いを受ける事になるのかもしれないからである。有機農業をしていると自然に対して人間がいかに無力であるかがわかる。

戦争やテロのように人の命を奪って褒められるなんておかしい。また自分達の正当性を人の命を奪う事で証明しなければならない信仰宗教なんて無いと思う。全ての宗教が他の宗教の事も敬い、また平和を祈るためのものであったと思う。

雨が多く地盤が緩んでいる現在も自衛隊員による懸命な捜索活動が続いている。もちろん被災した方を救うのも大切。しかし自衛官にも家族がいて無事を祈っているはず。以前に紹介した福島の消防団長の思い「人の命も大切だが、自分の命を守る事が一番大切」を忘れずに、しっかり体調管理をしながら任務を遂行して欲しいと思う。そして今後二次災害が起きず、地震が収束するよう祈りたいと思います。

先日テレビで自主的にボランティア活動を始めた子供達の映像を見た。お年寄りの肩を揉んだり、食事を運んだり。きっと離ればなれに住んでいるお子さんやお孫さんを思い出している方もいたはず。人から感謝されると本当に気持ちがいいもの。自衛隊の「衛(まもる)」の意味はこれからもずっと「命」であって欲しいと思いました。そして私は避難所で働く子供達の映像を見て、人を動かす原動力は「心」なんだ…と改めて感じました。今回は多分被災地へは行けないと思うので、今度募金箱を見かけたら協力させていただこうと思います。

今回の地震で亡くなられた多くの方のご冥福を祈ります。

生産者番号 56番 八代弘樹

 


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2016年5月26日 (木)

チリからお客さま

「食べる会事務所へチリからお客さま」

5月25日、チリのバルバライソ野菜・果物開拓地域センター事務局長エドウアルド・グラタコス氏ら5人が食べる会事務所を来訪。
近年チリでも健康志向が強まっており、有機農業と有機農産物の普及をめざしておられる調査団です。
「テイケイ」という言葉は今や国際語になっています。「食べる会」が消費者としてどのような基本理念を持ち、いかに取り組んできたかをお話ししました。
終始真剣な態度で、出荷の方法、ポストでの荷分けの仕方、農業基金などに強い関心を示されました。 「海を渡る提携運動」の実現を祈ります。

                                           和田あき子

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                                   事務局  企画委員会


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2016年5月 7日 (土)

春は引っ越しのシーズン ~ ヒヨコ達の想定外の行動にビックリ! ~

「春眠、暁をおぼえず」という言葉のように、この時期はとにかく眠い…。陽は長くなるし、稲の準備、夏野菜の準備、ヒヨコの世話、そして我が家では筍の収穫と色々と忙しい。昼食を済ませちょっと横になると、つい寝すぎてしまう。といっても、また夜もグッスリである。先輩達が口をそろえて言う「五十歳半ばになると急に熟睡できなくなるよ」と。今はこんなに眠くてどこでも眠れてしまうのに本当にそうなるのだろうかと真剣に思う。

 さて、春は引っ越しのシーズン。夏野菜もビニールハウスの中で種をまき、既に芽を出したものもある。以前、4月に大寒波が来てビニールハウスの中の苗が凍ってしまいダメになってしまった事があるので、まだ安心はできないが、今年は暖かいので大丈夫かなと考えている。しかし翌朝の最低気温が6℃くらいになる日はもう一枚ビニールシートをかぶせたりして対応する。そのうち、ビニールハウスの中も野菜の苗でいっぱいになり順々に畑へ引っ越しとなる。

 また、先日一足先に引っ越しを終えた野菜がある。それは「ニラ」。ニラは種も販売してはいるが通常は新たな場所へ根の部分を植えなおす。同じ場所で3年くらい収穫を繰り返していると根が込み合ってきて細いニラしかできなくなってしまう。したがって3~4年に一度、引っ越しがある。ニラは両親が中心になって世話をしてくれているが、ニラを植える場所というのは難しく、水をかけられなくてはいけないし、ニラは通年植えられているのでオフシーズンでも他の野菜を植える事が出来ず効率があまり良いとは言えない。ここ数年、会全体の生産量が減っているのはその影響もあると思う。だからと言って、陽当たりや水はけの悪い場所にするとよけい細いニラとなる。しかし我が家も昔ほど多く野菜を作れなくなってきた事もあり、畑も空きがあるため引っ越し先はすぐに見つかり、母が先日引っ越しをしてくれた。

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 ヒヨコも、三芳に越してきてもう1ヶ月半となる。最初はヒーターの周りでヨチヨチしていたのだが、最近は伸びた羽をバタバタさせ1m近く飛ぶようになった。また最初は人間を怖がっていたが、最近は足元にからみついてきて、気を付けないと踏みつぶしてしまいそうになる。最初は毎晩、イタチから守るためにヒーターの箱の上に網をかぶせるのだが、隙間から逃げ出したりして、だんだんと手がかかるようになる。そして網をかぶせた後、脱走者がいないか懐中電灯を手に確認。そしてイタチ避けのため、網の上にはネズミ用ペッタンコシートを置く日が続いていた。しかしある朝、ヒヨコを見に行ってビックリ…。一匹のヒヨコがペッタンコシートにくっついているではないか(冷汗)。多分かくれんぼでもしてワラの隙間にかくれたまま眠ってしまったのだろう。朝になり、その場所からでてきてシートにくっついてしまったに違いない。ヒヨコはシートにくっついたまま、寒いのかガタガタと震えていた。私はすぐに粘着シートからはがし「ハーハー」と自分の息で温めてあげた。そしてフワフワの毛にくっついた粘着部分をハサミで切り落とし、なんとか自由に動けるようにして、ヒーターの中へ入れた。他のヒヨコは網を取り除くのを待っていたかのように、鳩のごとく箱の中から飛び出し運動場へ。しかしそのひよこはヒーターの中でジッとしているようだった。蚤の心臓を持つ私はやっとドキドキから少し解放され「フー」とため息をついた。その後、朝ご飯を済ませてからヒヨコを見に行ったところ、他のヒヨコと一緒にまだヒーターの近くにはいたが、すぐに他のヒヨコと区別がついた。それは、若干残っていた粘着部分にゴミが付き「モップ」のようになっていたからである。その姿に私も一瞬笑ってしまったが、かわいそうなので、もう一度ハサミできれいに仕上げをしてあげた。一匹で脱走し、そのまま夜を過ごすほどのじゃじゃ馬娘。しかしその後は元気にしているようである。ちなみにその日を最後にペッタンコシートはお役御免となった。また、迷子になってヒーターの場所まで戻れないヒヨコがいるといけないので、ベニヤ板を使って鶏舎を半分に仕切っていたが、数日後にその壁も取り除いた。今のところ、亡くなったヒヨコは5羽くらい。かわいそうですが、多分内臓などに疾患があったのだと思います。今のところ昨年より成績は良いかもしれませんね。

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 また最近では2~3日に一回、我が家のミネラルたっぷりの畑の土をヒヨコの運動場に持って行きます。するとその土の中にはミミズなどの微生物がたくさんいて、ヒヨコ達の運動会が始まります。特に綱引きは見ごたえがあります。ミミズさんには申し訳なく思いますが、かわいいヒヨコのためご勘弁を!また、土の塊も突っついていて、数時間後に行くとほとんど崩して食べてしまっているようです。大人の鶏たちも私の靴に付いた土を突っつきますが、ヒヨコのうちから土は好物のようです。また最近は私の長靴の紐も引っ張り合っています。「手のかかる子供ほどかわいい」という言葉がありますが、そういうヤンチャな姿を見せてくれるのはあとどのくらいだろうか…と考えるこの頃です。人間の子供も動物の子供もこの頃が一番かわいいのかもしれませんね。

生産者番号 56番 八代弘樹

 


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豊作の年と不作の年の違い   ~ 極秘プロジェクトの成果 ~

ここ数年、みかんや野菜について「今年は豊作の年、不作の年…」という言葉をよく耳にする。確かにみかん等は1年毎にそれを繰り返している。結局、その原因は豊作の年に多くの実をならせる事で木が疲れてしまい、その翌年にその反動が出るという事である。しかし、一般の農業のように木が疲れた年に化学肥料を多用すれば、木もある程度は元気になるが、私達のように鶏糞主体の自家製肥料だけでは限界があり、しかも鶏糞は野菜のために多く使用しなければならないため、果樹に充分まわるほどは余裕がなく我が家ではヌカのみである。現状では草刈り機で果樹の木の下の草を刈り腐らせた分の養分、そしてヌカだけの家がほとんどであろう。ですから三芳のようにみかんの木が古くなるとよけいに年による差も大きくなる理由もわかる。また木が古くなると幹や枝にコケが生えてくる。私も最近顔にシミができたのだが「この歳ではしかたないか…」という気持ちもあってちゃんとケアしていないのと同様に、みかんの木のコケもそのままになっている。一般の農家はどうしているのだろう…。多分、薬をかけているのでしょうね。私達の場合、コケを落とすには丈夫なブラシが必要で、それを手に木に登ってゴシゴシこすらなければいけません。また気をつけないとブラシで木を傷める危険性もあります。もちろん自分自身もコケの粉だらけになるし、風が強い日などに行えばその粉が舞い、元気な若い木にも移る危険性もあります。コケだってやっと木に根付いたのである。簡単に落とされてたまるか…という気持ちであろう。しかし我が家のようにコケ落としをサボっていても、みかんの木はそこそこの実を毎年つけてくれる。みかんの木には本当に感謝しなくてはならないと思う。

また以前に、植物は動物と違って移動ができないので、その場所で生きるしかないという話をした事があるが、我が家のみかんの木も数十年もの間、同じ場所で一生懸命に生きている。数日前にみかんの木を見に行ったところ、甘夏(川野)と夏みかんの実が2割くらい地面に落ちてしまっていた。それは多分、みかんの実が思いのほかたくさんなりすぎたため、みかんの木が自分で落としたのであろう。前にも同じ事があった。昨年末に肥料分にするために木の周りにヌカをまいたが、そのヌカもバクテリア等の微生物が分解してくれなければ根から吸い上げる事ができない。木もずいぶん悩んだ末の(実を切り離す)行動だったに違いない。みかんの木も自分を守るため頑張っている。

そしてまた昨年秋の人参も長雨がちょうどその成長期にぶつかったためであろう。普通人参といえば真下に向かって尖った根を伸ばすのだが、どういう訳か根が斜めにたくさん伸びてしまい不格好な人参ばかりになってしまった。これが成長期を過ぎた頃の長雨であれば先端部分から腐ってくるのだが、それが成長期であったため人参自身が生き抜くために、自ら考えて最善の策をとったのだと思う。

今は冬野菜が終わり春野菜に切替わる、いわゆる「端境期」と呼ばれる期間である。実は3月31日から我が家では葉玉ねぎを出荷するのだが、今年は豊作と言われている玉ねぎも、昨年は大不作であった。みかんなどの果樹に関してはある程度説明はつくのだが、私も農業を始めて15年。まだ野菜の豊作と不作のはっきりとした理由をつかみきれていない。しかし皆が言う「苗の良し悪しで決まるよ」と…。以前に苗が虫の被害に合い壊滅状態になった時はあったが、昨年の苗については、葉玉ねぎ用の早生品種の苗はやられたものの、通常の苗は特に例年に比べて見劣りするような事は無かった。しかし、そういう不作の年の苗は定植してしばらくするとその差が顕著に現れてくる。肥料をあげてもなぜか成長が遅い苗が多い。そしてそれを目にすると世話をする気が失せてくる。そうなると野菜のお世話も他の野菜が優先され、玉ねぎにとっては更なる逆風となり散々な結果につながる。では今年の玉ねぎの成長具合はどうなのか。豊作の年といっても全ての苗が順調なのではない。写真を見ると明らかに右の玉ねぎが大きい事がわかると思うが、このように同じような苗を植えてもこんなに結果が変わってくる。結局、豊作の年は右のような玉ねぎが多数を占め、不作の年は逆に左のような苗が多くなる。やはり、芽が出た段階で苗の何かの組織、またはDNAレベルで何かが違っているのかもしれない。

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ただ、今年は葉玉ねぎの出荷開始の時期については1番になる事ができそうです。しかもこの端境期の救世主になる事は間違いなし。昔はネギをたくさん出荷して「ネギの56番」と呼ばれた事もあったらしいですが、「葉玉ねぎの56番」と呼ばれる日も近いかも…。また先日、母に「今年は葉玉ねぎの成長が早いね」と言ったら「そういう品種を作ったんだからあたりまえでしょ…」とサラッと言われました。昨年の早生品種の散々な結果に、もうあきらめたのかと思っていましたが、水面下で極秘に新プロジェクトが進行していたようです(冷汗)。皆さんこのような事を何というかわかりますか?それは「敵を欺くにはまず見方から」です。でも、こういう欺きなら大歓迎ですね(笑)。

生産者番号 56番 八代弘樹


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人生は山あり谷あり  ~「捕らぬ狸の皮算用 トホホ」~

ここ数日の春本番…というか初夏ともいえるようなこの陽気。卒業式が終わり、そしてこれから入学式のシーズンになりますが、桜はその時期までもってくれるでしょうか。

農業を始めて15年。今までこんなに暖かな冬はありませんでした。気象庁の発表では今年の冬の平均気温は例年より2度近く高かったとの事。もちろん海水温度も高く、漁獲量の変動も激しいようで、わかめは海水温が高すぎて育たず、またキャベツ農家でも花が咲いてしまったというニュースが流れていました。三芳でも、今年は今までにないようなネギの不作の年でした。草取りがやりきれなかったというのも理由のひとつでしょうが、世界規模で温暖化が進んでいますので、これから少しずつ作る品目を変えざるをえない状況になるかもしれませんね。

先日、20度近い日が3日間続きました。その影響で出荷したブロッコリーが一部変色してしまいました。原因は急な高温によるものです。当日の朝に箱に封をする際にもう少ししっかり見れば良かったのですが、出荷場で出荷検討係(品質管理)より、持ち帰るよう注意を受けてしまいました。その時点でやはり誰がみてもわかるような変色が見られ、1箱分自宅に持ち帰りました。そして自分で食べ始め、そのまま台所で2日目になりビックリ!変色した部分の色が更に悪くなっていました。食べる会の宅急便会員の方には野菜が翌日届きます。この状態で届いたら、きっと驚いていたと思います。会員の方に届く前に気付いて良かったのですが、3月より新たに出荷検討係になられた方にはいやな思いをさせてしまったと反省しました。他人の出荷した野菜に一言ものを申すのは、決して気分の良いものではありません。権限を持たせるために、10年前くらい前まではその係も役員の一人として扱われたほどです。

また、同様に小松菜も花芽がついてしまいました。私がちょっと体調をくずし収穫時期が遅くなったのと、やはり高温が続いた影響です。せっかく育てたのですが、トラクターの耕運の幅で3サオ(12列)分が出荷できず畑のこやしとなりました。この件でも同様に出荷検討の方にご迷惑をかけてしまいました。三芳では1ヶ月のうちに3回注意されると全品目について一定期間出荷停止になります。ですから私はリーチ状態です(泣)。メールマガジンでは色々と偉そうな事を書いていますがこんな時もあります。という訳で、しばらくは本当に注意しなくてはなりませんので、もしもそちらに届いた私の野菜や卵に問題がありましたら、三芳の役員や出荷検討係にではなく、私にだけこっそり教えてくださいね(笑)。もちろんいつも以上に親切丁寧に対応させていただきます。

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以前にも報告した事がありましたが、私は懲りずに毎年色々と実験をしています。今年は「小松菜」と「カブ」の種を一緒にまいてみました。今回の「一緒」というのは列を変えてではなく、種を混ぜてという意味です。また種のサイズも同じなので手押しタイプの種まき機「ゴンベイ」も使う事ができます。ご存知の通り、カブは地表付近でふくらみ地表を覆うので雑草などには有効。また小松菜は地表付近がスカスカですが、葉先が大きくなるのでカブとぶつからずに仲良く育ってくれるのではないかと考えました。予定では先にカブを収穫し株の間が空くので、少しこやしを追加して更に小松菜を成長させガッポリ儲けようと考えていました。しかし、先に大きくなったのは小松菜でした。すると私の計画も変更しなければなりません。先に小松菜を収穫しなければなくなるのです。小松菜は通常、地表すれすれに刃物を入れて根は畑に残し葉の部分だけを収穫します。すると刃物を入れる時にカブが邪魔になるわけです。カブを傷つけたら一大事!心臓外科や脳外科の名医と呼ばれる神がかり的なレベルの腕前(??)が要求されます。もちろん私の未熟な腕では手術は…。傷をつけてしまったカブは我が家の食卓行きとなりました。しかし色々な事ができるのは農業の醍醐味のひとつでしょうね。ちょっと収穫には手間がかかりましたが、その後にカブも出荷する事ができました。

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また、すぐ南側に山がある畑があるのですが、冬は山の影になり畑の半分くらいまでしか陽があたりません。そのため、昨年の秋に陽があたるギリギリの場所にはある程度寒さに強いサニーレタスを植えました。しかし実際に冬本番になるとサニーレタスの場所まで陽が差し込みません。私も自分なりに原因を考えてみたところ「山の木が成長し、そのために山が若干高くなり、陽当たりが悪くなった」のだと推測。夕方に自分の影が伸びる現象からわかるように、冬場のように陽が斜めからあたる場合は山の高さの影響を受けやすくなるのです。山の頂上の木を切るわけにはいかないし、これではどうしようもありません。来年は3割くらいしか使えないかもしれませんね。ただ、「捨てる神あれば拾う神あり」とはこの事で、この暖冬のおかげで、種代分くらいにはなりましたのでご安心ください。なかなか予想通りにはいきませんが、これからも色々と実験をして皆さんに報告したいと思います。

生産者番号 56番 八代弘樹


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